2006年 09月 07日
『ボウリング・フォー・コロンバイン』はうーん
『ボウリング・フォー・コロンバイン』を観た。いや~どうだろう。アメリカの銃問題をマイケル・ムーアが追った映画だ。途中まで面白かったのに、Kマートに行ってからつまらなくなった。
カナダとアメリカの比較の後、コロンバイン高校での銃乱射事件で負傷した生徒2人を連れてKマートにアポなしで行く。弾の販売中止を頼むためだ。ひとりの子は車椅子だったりする。1回目は自分達だけで行き追い返される。2回目にはマスコミを引き連れてKマートに押し入る。するとKマートはあっさり弾の販売を止める。
マイケル・ムーアはわざわざ驚いているが確信犯だろう。全米のニュースで報道されることを考えれば企業は早く動く。でも、この映画で世論の前借りをするのはどうだろう。それまで、カナダでは銃の所有率が高いのに銃犯罪が少ないという話をしていた。そこから銃の所有の多さが問題ではなく、アメリカを支配している恐怖が問題だという話だと思った。でも、急に話が変わった。それまでの話はまるで無かったことになっている。僕には唐突なKマートでのやり取りは結果を求めるために企業を脅したように見えた。取材するべきは、引き連れてきたテレビ局の人じゃないの?
最後に全米ライフル協会の会長宅に行き、インタビューをする。話の途中、マイケル・ムーアが写真を出す。小学生が銃で同級生を殺した事件の被害者の写真だ。すると、ライフル協会の会長は席を立ち部屋を出る。追いかけて、会長の背中に向けて被害者の写真を見ろと言う。その時にマイケル・ムーアを真正面から映す場面が入る。被害者の写真を掲げ、マイケル・ムーアが叫ぶ。このカットは何時撮ったの?まず、会長を追いかけたのはカメラ?そして叫ぶマイケル・ムーアを撮るために振り返ったの?マイケル・ムーアの背中越しのカメラは2台目として、1台目が映らないのはなぜ?好意的に見て、カメラが2台あるとして正面と後方の画の両方から映すとする。そのために1台目のカメラが映らないように階段の上でマイケル・ムーアの動きを止めたのか。どっちにしろ、この演出はいるのか?その後、マイケル・ムーアは会長宅前に被害者の写真を置いて帰る。結局、銃より自分じゃないかと思った。なんか川口浩の探検隊を思い出した。あの番組もよく恐怖を煽っていた。あの手の映画のジャンル名はなんだっけ、未開の原住民は人肉を食うみたいな話とか扱ったやつ。そのアメリカ版みたいだ。
成果があった方が映画としては気持ちいいかもしれない。でも、問題提起だけでも良かったんじゃないか。これじゃ、マイケル・ムーアが問題を片付けるから、僕達は動かなくてもいいやと思う。マイケル・ムーア自ら恐怖を煽り恐怖を鎮めてくれる。本音は観客にはお金を払う傍観者でいて欲しいじゃないの?そういえば『華氏911』はどれほどの人を動かしたのか。なぜブッシュは再選できたのか?バカにすることと人を動かすことを両方を成立させることが出来るのか。また、成立させる必要があるのかとか考えてしまう。
僕は真実を話す人達のことを「わかんない奴はみんなバカだ」と身内で盛り上がっているイメージを持っている。そこを払拭できないと一緒になんか動けない。
# by bonyparts | 2006-09-07 04:44 | 映画

そんな大会に出場する8人の子供達の追ったドキュメンタリーを観た。邦題は『
1本目は
『











