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カテゴリ:本

  • 『パイの物語』を読んだ
    [ 2006-10-19 04:13 ]
  • 『俳優になりたいあなたへ』を読む
    [ 2006-06-15 07:41 ]
  • 字かキレイになる本を読んでみて
    [ 2006-05-06 05:56 ]
  • 『宗教が往く』を読んだ
    [ 2006-03-02 05:12 ]
  • ついにツキの法則を読む
    [ 2005-09-17 11:08 ]
  • 人体の不思議展の行った後に『死体を探せ!』を読む
    [ 2005-09-05 05:15 ]
  • 犬猫の本
    [ 2005-08-25 12:31 ]
  • どうでしょう本一気
    [ 2005-08-01 04:39 ]
  • ゲーム理論トレーニングを読む(まだ途中)
    [ 2005-07-28 07:25 ]
  • 探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子を読む
    [ 2005-06-15 06:36 ]

『パイの物語』を読んだ

パイの物語』を読んだ。僕は閉じられた世界でのサバイバルに弱い。そんな本があると知って飛びついて読んでしまった。期待以上だった。16歳の少年パイが船の沈没に遭遇する。救命ボートに一緒に乗ったのは、骨折したシマウマ、オレンジジュースという名のオラウータン、ハイエナそしてリチャードパーカーという名のトラだった。少年は漂流227日後に助かる。作者が当時の事を本人に取材して話は進む。


物語は3部構成になっている。第1部は冒険に出かける準備のように、船に乗るまでの生い立ちを丁寧に出していく。動物園の息子がどうして船に乗るのか。どんな行動をしてきたのか。しっかり抑える。また、舞台が動物園なので動物について教えてもらう。ここで教えてもらったのに自分の甘さに嫌になる。おとぎ話とは違い、少年と動物達は旅の仲間にはならない。どこまでも人と動物達だ。動物達と一括りするべきかさえ悩むほどだ。そうそう、第2部の漂流に入ってすぐにウミガメが出てくる。あの時も自分の甘さが嫌になった。人を恐れないウミガメが少年に近づく。僕はこのウミガメが孤独を紛らわせるのかと勘違いした。パイ少年は食べる。兎に角、口に入るものは入れてみる。ベジタリアンだった彼も漂流するにつれ、何もかも口に入れてみる。彼の世界は口に入れられる物と入れられない物に分けたようにさえ感じる。長い漂流だが、ここからは一気に読んでしまう。第2部を読むときは時間を十分に確保しておいた方がいい。


そして第3部に入る。助かった直後の彼に日本人2人が事故調査に来る。彼らはその調査中のやり取りを録音していた。第3部はその録音したテープ書き起こした文章になっている。第3部を読むにつれ、受け入れることを考える。いろいろな人がいろいろな話を受け入れている。ある人が十字架につけられて処刑された。その後、その人が復活した話を受け入れている人もいる。世界は一握りの人達の陰謀で動いているという話を受け入れている人もいるだろう。その人達にそれは真実じゃないと言っても意味がない。その話が真実とか作り物とか嘘とかということと、人がその話を受け入れるのはあまり関係がない。


例えば、僕の昨日の出来事を僕の受け取ったままに伝えることは出来ない。『パーマン』のコピーロボットと主人公がおでこをあてて、記憶を共有するようにはいかない。だから、僕らは会話したり書いたり描いたり動作などの様々な方法を使って、なんとか伝えようとする。その時に伝える側も全てを伝えないし、伝えられない。また、受け手がどう思い描くか分からない。実際の事を言葉に置き換えた時に削ぎ落とされるものを、受け手が言葉から復元出来ない。もはや、真実なんて伝えられない。全てが間違っている。ならば、どんな理由で話を受け入れるのか?パイは陸に着いたときに何で泣いたのか?あぁ、自分の甘さに嫌になる。


読書後、彼が語らなかった事を考えてしまう。救命ボートに積んであった、あの道具は使ったのかとか些細な事からどんどん流されていく。自分の子供さえ紹介しない彼だ、きっと語らないことは膨大だろう。思い返すと発見(本当は勘違い)をして楽しい。例えば、パイの本当の名はピシンという。この名でピシング(おしっこをする)とおちょくられ、自らパイ(円周率)と名乗る。排泄物という余るものからパイという割り切れないものに自分で変わる。そして、パイという名は周りに受け入れられる。この出来事に意味がありそうだと思うだけで楽しい。2つの名の自分がいると考えても楽しくなる。


兎に角、この本は再び読むだろう。もしかしたら何度も読むかも。そんな本だ。





by bonyparts | 2006-10-19 04:13 |

『俳優になりたいあなたへ』を読む

心底うんざりする事がある。例えば目の前にいる人がもがき苦しむほど悩んでいるとする。何か声をかけなきゃと思う。そして、口から何を発する。その時、僕はうんざりする。出てきた言葉がどこかで聞いたような言葉の繋ぎ合わせだったり、喋り方が誰かのモノマネをしてようになったりしているからだ。そんな言葉には相手は反応しない。僕を見ることもなくジッと内側に入り心を閉ざしていくように見える。


相手の苦しみを一時的にでも和らげる言葉もなく、言葉が見つかっても伝える力なくて歯痒い思いをしたことが何度もある。それから僕は表現とか演じるとかに興味を持つようになった。


出来ないことがある。「○○は演技が下手だ」という言い方だ。演技が上手下手てなんだ?これが前々から疑問だった。「あの人の演技はみんな同じ」というのは分かる。演技が上手いと思われている時点でダメじゃないのかとさえ思った。全然理解できなくて、これからもそんな言い方は僕には出来ない。


よく素人参加番組で出場者がタドタドしく台詞のような言い回しをすると、ヤラセだという声が上がる。番組側から言わされていると勘ぐるらしい。でも、僕は日常でそんな言い方をした経験が何度もあるので、そこを指摘してヤラセと思ったことはない。いきなりテレビの前でスラスラ話せる方がどうかしている。むしろ、あらかじめ決めてきた事以外でもテレビの前で日常生活と変わらない振る舞いが出来る人の方が、何か訓練をした人じゃないかと勘ぐる。


俳優になりたいあなたへ』は、職業としての俳優になる道を分かりやすく書いてある。分かりやすくというのは結構ズッシリくるものだ。この本を読むと遠い出来事のような俳優が、地に足をついた職業に感じられる。役を演じる為に、何をどう考えればいいかハッキリと書いてある。別に俳優になることはない。だが、伝え方や他の人を想像する技術を必要とする人は俳優だけじゃない。他の人と接する人には必要な技術だと思う。


by bonyparts | 2006-06-15 07:41 |

字かキレイになる本を読んでみて

字がキレイに書きたいと思い、何冊か本を買ってみた。キレイに書きたいのは楷書(Googleイメージ)という書き方だ。字を崩さず、日常でよく目にする書き方だ。


早くも脱線するが、字を崩した書き方は書けるより読めるようになりたい。去年、フラッと入った書道展ではおばちゃんが固まって「この字はあれよ」と楽しそうに当てている場面ばかりだった。書道展として、それが本来の楽しみ方と違う気がするのでせめて読めるようになりたい。


さて、楷書の本を比べてみた。ひとつひとつの字を丁寧に指示してある本から、大きく分類してコツを教えてある本もあった。僕としてはひとつひとつ教えてもらうのは辛かった。「横線の左から2/3の所で縦に下ろして・・・」と指示が細かく書いてあるのは無理だ。きっとこの本だと挫折する。要はどれだけコツを掴めるかになる。覚える量が多ければ投げ出してしまう。分類してあってもだ。我ながら贅沢だ。簡単に字がキレイになりたい。明らかな変化がすぐ欲しい。


六度法ノート―富沢敏彦の「美しい字を書く技術」は他の本と一線を画する。覚えるルールは3つだけ。圧倒的に少ない。これは著者が学校の先生だったところが大きいだろう。もしくは書道の先生じゃなかったというべきか。書道になれば1字1字に注文が多くなる。また、格好良さを目指すのでコツを伝えにくい。なので気に入った字をひたすら模写することから始まりやすい。『六度法ノート』では共通した書き方を教えるので、覚えるとほぼ全ての字に使える。お手本にない字も書ける。


ただ、注意して欲しいのはお手本の字は書道の先生が書いた字の方がキレイだ。これは字をどこまで極めるかという話になる。段階といってもいいかもしれない。『六度法ノート』は字が汚くて悩んでいる人が始めるには最適だ。


あと蛇足を3つ。日本語番組ブームもブームで終わりつつある。そろそろ書き方をやらないかな。六度法なんて簡単なのでテレビ向きと思う。次に書く前にお手本の字を見ていると、こんな字だったと驚くことが多い。まるでネッカーの立方体を見ている感じだ。最後に「女」という字が上手く書けない。それから他の人の女をよく見るようになった。女は難しい。


以上、思いついたことを全部書いた。すっきり。



by bonyparts | 2006-05-06 05:56 |

『宗教が往く』を読んだ

久しぶりに分厚い本を読んだので報告する。普段本を読まない生活をしていると厚い本を読みきっただけで報告してしまう、あぁ悲しい。でも、そんな人は結構いる。その本は松尾スズキの『宗教が往く』で426ページもあった。一時期中島らもの『ガダラの豚』を読んだという人によく出会った。これからは『宗教が往く』を読んだという人によく当たりそうだ。兎に角、外は雨で寒かったので部屋にこもり一気に読む。途中、ピザを頼んで「1人でピザ食っているよ」と自嘲気味になりながらも読んだ。


エログロで人が死にまくる話。登場人物はみんな壊れている。当たり前に狂っているので、この世に存在していても不思議じゃない気になってくる。本編の前に『小説の前に』と作者松尾スズキが小説を書く破目になった理由を書いているがここからどこかおかしい。64ページまで作者が小説を書く経緯を語り続ける。そして(「わたし」が消える)とカッコよく宣言して本編が始まる。しかし、ちょくちょく読者に語りかけてくる。コイツは後々大きく関わってきますよとか教えてくれる。終いには小説を書くことになった経緯のその後の話が本編に登場して混ざり合っていく。そうしていくと、小説の世界がまともに見え現実として語られている部分が狂っているのようにも感じてしまうから不思議なもんだ。


主人公フクスケの半生を軸に話は進んでいく。生まれてから30年ほどを1冊の本にすると結構スピード感がでる。一代記は片付けなければいけない出来事が多いので淡々と進みやすい。しかも、主人公は身体の痛みを感じなくなるので止まるキッカケがなくなっていく。非常にマズイ状況を「あぁ」と受け入れてどんどん歩んでいく。ゲロもデブもウンコも精液も死体も淡々と進む。読み進めると話はどんどん加速していく。残りページ数が少なくなるにつれ、こちら側もどうするか不安になっていく。減速させ話を終わらせる為に作者がぶちまけて現実の時間の流れと物語の流れを混ぜていく。ちょくちょく登場していたので違和感がない。そうやって主人公が瀕死の彼女を持ち上げて歩き出すころには現実の時間の流れに戻った気がした。それが気持ちいい目覚めにも近い感じがした。


それは分厚い本を読み終えた達成感だけじゃないと思いたい。それにしても、これだけ分厚いなんて書くと手に持ってみると「大したことないじゃん」と言われそうだ。ま、とりあえず読んでない人は手に取ってみるということで。

by bonyparts | 2006-03-02 05:12 |

ついにツキの法則を読む

手を出すか悩んでいたツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学(谷岡一郎/PHP研究所)を購入した。数年前からあちこちのサイトで競馬でいかに勝てないかをきちんと説明している本と紹介されていた。読むと凹みそうなので敬遠していたが、全然競馬で儲からないので手を出した。筆者は今大阪商業大学の学長をやっている方で、そこらへんのトンデモ本とは違う。


思い切って要約すれば大数の法則があるから、やがては控除率の分だけ負けるという話だった。ちなみに僕の今年の成績は購入額が735400円、払い戻しが581110円、回収率が79%(複勝だけなら80.2%)と法則通りの負けっぷりである。


それだけの話ならよく聞く。本書は大数の法則の効果が現れるのを遅らせる方法を提案している。回数を増やさない。同じ金額を賭けない。本命狙いをしない。この3つを守れば、負けることを遅らせることは出来ると書いてある。この3つは守ることが難しい。こんな時に中毒だなぁと思う。


本書の後半には1回限りのころがしを提案している。今日やってみようと思ったが1レースしか手が出せない。当たれば明日以降やってみようと思っている。ちなみに同じ筆者の確率・統計であばくギャンブルのからくり―「絶対儲かる必勝法」のウソ(谷岡一郎/講談社)には複勝コロガシに潜む落とし穴を説明しており、ロングショット(大穴)狙いを勧めている。こちらは読んでいるのに守ってない。2頭・3頭選ぶ良い方法をまだ思いつかない。ひも・抑え・BOX買いをすると「回数を増やす」ことになるので、ぎりぎりまで絞らないといけない。


この本書を書くきっかけがとある大学教授が出した馬券本というのが面白い。この本は負けると賭け金を増やすやり方を紹介している。ツキの法則には「大学教員の名を付けた恥ずべき本」と書かれている。僕もたぶん、その本は読んでいる。先生が競馬にハマっていく感じが面白い本だった覚えがある。ま、定価(2854円!)で買う本ではない。こちらは立ち読みで十分だ。


以上、見た目変わってないけど気持ち変わった感じで今週も馬券を買ってみようと思う。


by bonyparts | 2005-09-17 11:08 |

人体の不思議展の行った後に『死体を探せ!』を読む

人体の不思議展から帰った後、あらためて『死体を探せ!』布施 英利/角川書店(画像・リンク先は文庫版)を読む。人体の不思議展で展示されているプラスミック標本(本書ではプラスティーネーションと表記)を知ったのは、たまたまこの本を手にしたからだ。もともとの本には副題でバーチャルリアリティ時代の死体と付いている。出版は1993年、今やバーチャルリアリティという言葉は時間に流れに消えていった。インターネット前に悪趣味・グロテスク方向に走る時期があり、その中に死体ブームもあった。ある意味、一番死体が隠されていた時期の本だ。


この本を紹介するのは著者の経歴を書くのがわかりやすい。本の帯には東京芸術大学大学院修了。現在(この本を出版している時は)東京大学医学部助手(養老孟司研究室)専攻、美術解剖学とある。死体消え去った現代社会に、再び死体を目にする必要を書いている。面白いのは美術史や映画に登場する死体を取り上げ、各作品がどう死体を表現していったかを解説していることだろう。


今、読む返すと江戸時代の話が引っかかった。戦国時代までは死体を表す作品があったのに、江戸に入ると消えていく。その代わりに浮世絵や枕絵が登場してくるという話。浮世絵や枕絵はバランスがおかしい。男性器が巨大に描かれていたりする。これは江戸から身体感覚が消えいき、代わりに脳のイメージを表現するようになったとのこと。これで読んで、エロアニメを見る人がまったく分からなかったけど、少し理解した気になった。エロアニメの絵てもの凄くバランスが悪い。なんでこれに興奮するのか分からなかった。体じゃなくてイメージなんだ。なるほど。


人体の不思議展の始めの標本の周りは、見ている人のテンションは高い。きっとそれは自分の中の脳内のイメージを目の前の標本に重ねてしまうからだろう。だがやがて慣れて、次々と標本を眺めていくと肉体そのものに興味が行くようになってくる。それは本物であるがゆえに今までのイメージを払拭してしまうのだろう。見えなくて拡張されていく妄想が消え去る瞬間なのかもしれない。


また、一時期流行った蓮コラを思い出す。蓮と肉体をコラージュするともう全身の鳥肌が逆立つほどのショックを受ける。あれは脳の肉体に対する怖いというイメージを増幅させるのだろう。プラスミック標本は何体でもまったく平気だが、今でもこの画像はキツイので極力踏まないようにしている。


出版当時よりも死体を目にする機会が増えたが、イメージに行く人達と身体に帰る人の差が大きくなった気もする。増えたというより広がった感じがする。


読書後、もしも、これからプラスミック標本を使ってイメージに訴える作品を作る人が現れたりしないかなと思う。全然、美術に詳しくないのでもしかしたら本物を使うことは反則かもしれない。でも、アーチスト自身がパフォーマンスすることを作品して許すなら成立しそうだ。もちろん倫理上問題があって、それを許さない人が沢山出そうだ。


例えば、偉大な芸術家が「自分が死んだ後この右腕をプラスミック標本で加工して、図に示してあるように配置するように」と遺書を残したらどうなるんだろう。アインシュタインの脳みそが展示されているのだがら、有名な芸術家だったら成立しそうだ。もしこれを見て否定するはずが、何かを感じてしまったらどうするのだろう。ま、否定する人の大半なんて見ないし、見る前に決めつけている人だけど。


人体の不思議展でCTスキャンのように横方向に輪切りした標本がある。それをドミノのように並べている。標本という意味なら切った部分を見せるのが正しいだろう。ただ、輪切りにしたモノを並べることにより「切る」というイメージが増幅される。これを見て、もっとやりたいと思う人が出てきてもおかしくはない。


なんてことを考えていたら上岡龍太郎が死んだら剥製にしてもらうという話を思い出した。


by bonyparts | 2005-09-05 05:15 |

犬猫の本

犬猫―36歳・女性・映画監督が出来るまでを読んだ。


レンタルビデオ屋で犬猫が誰にも借りられず置いてあるのを見るともったいないと思ってしまう。迷ってウロウロするなら、これを借りなさいよと思ってしまう。そもそも、パッケージの裏にあらすじが書いてあるが、あれだけ読むと陳腐な話と感じられてしまう。見てない人にこの映画を伝えるのは難しい。公式サイトにある予告も本編と印象が全然違っていて何とも歯痒い。本編から切り取ると漏れるものが多すぎる。


さて、犬猫という映画は2種類ある。ひとつはビデオ屋でも借りられる35ミリ版と、初めて作った8ミリ版の2つだ。この本には映画を作ろうと思った筆者が、2つの犬猫が出来るまでをとうとうと書いている。でも、撮影中はハードだったことは良く分かる。自主制作だからこそ妥協できない8ミリ版と35ミリという商業作品だからこそ出てくる問題を、大した事ないと言わんばかりに書いている。これを読むと映画を作る人はタフだなとつくづく思う。


この本とDVDの特典映像にあるメイキングを合わせて見るとさらに面白い。兎に角、まずは犬猫を見てみるということで。








by bonyparts | 2005-08-25 12:31 |

どうでしょう本一気

8月1日になったばかりのローソンに行ってきた。まっすぐカウンターに行けばいいものを、いつものように店内を1周してしまう。結局、1208円も使う。バカだ。


そんなわけでどうでしょう本第2弾を受け取ってきた。受け取った時に分かる重さ、家に帰り白いビニール袋から取り出して、鉄道ジャーナルの別冊を思わせるような表紙に笑う。その表紙にはヒゲでお馴染みの藤村Dが白装束を着て梅を見ている。素晴らしい。ヒゲが写っていることで旅行の雑誌ではないことを簡潔に表している。さぁと気合を入れてめくると、表紙にはお二人の姿もあると書いてある。これでは気になって進めない。表紙に戻る。


ロッテ爽バニラ味が随分溶けてから大泉洋を発見する。大泉さん割れたポップコーンの黒い所みたいだ。それにしてもミスターは見つからず、大体さ、DVDのシークレット映像の隠し方も巻を重ねるごとに難しくなりすぎだ。イラッとしながら探しているとヒゲの笑い声が頭に響いてきた。自分で壷にはまって、ひとりで笑っているような気がした。今日からこの表紙をジッと見つめる人が全国で何人もいるんだろう。それは頭に浮かべると変な画だ。そして勝ち誇るヒゲ。結局、アイス食いながら粘ってもミスター見つからず。一視聴者なのにミスターが見つからないということに気を使ってしまう。負い目を感じつつ、よいよ読み出す。


そして今一気に読み終えた。中身ついては当分書く予定はなし。しっかりと水曜どうでしょうを堪能した。もちろん本なのでテレビ番組とは違う。でも、全然あり。あの4人が中心なって作ったものは何でもどうでしょうになる。それよか、一生付き合うならどうでしょう本はきっと大事な位置になる。ドキュメンタリー風バラエティーは出演者や製作スタッフを知れば知るほど面白くなる。これからますますDVDや本は大切な場になっていくだろう。


それにしてもどこかに行きたくなる。なんで今日が月曜日なのか。


by bonyparts | 2005-08-01 04:39 |

ゲーム理論トレーニングを読む(まだ途中)

ゲーム理論て面白そうだなと思ってから随分経つ。入門書も手に取ったりするんだけど門すら通れないでいた。数式とかグラフとか出てきてお手上げだった。映画のビューティフル・マインドWikipediaの解説)を見て「ええ話だ」と泣くばかりだった。


前にゲーム理論を読み物として紹介しているサイトがあって、もの凄く面白かった。結局、そのサイトは有料会員制に移行にすると宣言して閉じられた。そこで知った話に繰り返しの囚人のジレンマのゲームというのが面白かった。


まず始めに囚人のジレンマを説明しないと。手っ取り早いのはリンク先のWikipediaを読んでもらうのが一番良い。こちらでも書くと、ある事件で共犯と思われる2人が別件で捕まった。とある事件の決定的な証拠はなく、このままでは刑の軽い別件の事件だけで起訴しなければならない。そこで警察は2人を個別に司法取引を持ちかけた。1あなたが自白して相手が黙秘なら、あなたは懲役1年で相手は15年。2あなたが自白して相手も自白したら共に懲役10年。3共に黙秘なら別件の事件の軽い罪で懲役2年。4以上の条件を相手にも伝える。これが司法取引の内容だった。


ここで囚人は悩む。自白した方が得なのか?黙秘した方が得なのか?これが囚人のジレンマなんだって。


この囚人のジレンマを繰り返し行うゲームした人がいた。自白を協調・黙秘を裏切りというカードに変えて、お互いに出し合う。共に協調なら両者に3点、片方が裏切ったら裏切り者に5点、共に裏切ったら両者に1点と配点した。これを何人かと何度か繰り返し行う。最終的に得点の多い人が勝ちとするなら、どんな戦略が有効か?


これを調べるためにロバート・アクセルロッドという政治学者はコンピュータでプログラムされたものを募集して競わせた。そこで2回とも一番得点を稼いだのしっぺ返しという戦略だったそうな。その戦略とは始めは協調で入る、次から相手の前回の手をまねる。これだけ。これが最強だった。


ここまではとある有料会員制に移行したサイトで知った内容だ。でも「ええ話だ」知った後、疑問が起こる。しっぺ返しは強いのか?ちょっと隣の人を呼んで対戦してみると分かるけど勝ち負けだと勝てそうにない。そんな疑問がむくむく湧いてきたところで有料会員制になってしまった。


近所の本屋でゲーム理論トレーニングを手に取るとこのゲームの続きが書いてあった。このしっぺ返しはどのプログラムにも勝ちはしなかったそうな。つまり、勝てないけど総得点は1位。この結果は唸ってしまう。人に喋りたくなる結果だ。


この本、僕みたいに話としてゲーム理論を読みたい人にはオススメ。ここから学んで何かに生かせるかはわからない。なんせまだ途中で今は寝る前にちょびちょび読んでいる。前に実際あった出来事をゲーム理論で説明するという本を読んだが、それよりも「アッ」と言いたくなるように作られている。


繰り返し囚人のジレンマゲームの話は面白いことが多い。人間同士で戦わせたら、裏切りがコンピュータよりも多いなんて話もいろいろと思いを巡らせてしまう。さらにWikipediaの解説を読み進めていくとノイズあり繰り返し囚人のジレンマゲームではバブロフ戦略が有効なんて話も面白い。解説の最後も良い。ここも一読するのをオススメする。


それにしても、協調だ裏切りだ戦略だなんて目にするとサバイバーというテレビ番組を思い出す。面白い番組だったのにね。終わって残念だった。ま、この番組の話をすると長くなるので終わり。でも、どうしても最後に書いておきたかったのさ、あはははは。


by bonyparts | 2005-07-28 07:25 |

探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子を読む

探偵!ナイトスクープアホの遺伝子を読んだ。

10数年前、まだ都内にいた頃、大阪出身の人と働いていたことがあった。その人と会って間もない頃に「探偵!ナイトスクープて面白いですね」と言ったら、自分のことのように喜んでくれたことがあった。都内では深夜も明け方に近い深夜に放送されたり、不定期だったりして視聴が難しいことをお互いに愚痴ったりした。終いにはABCがテレビ朝日の変わりに番組を作った方がいいとまで話は飛んだ。テレビでは探偵!ナイトスクープとEXテレビの大阪枠(特に火曜日)とパペポTVを楽しみにし、中島らもの本を片っ端から読んでいた。東京のテレビは渋谷にたこ焼き屋が何件も出来たと退屈な映像を流していた。吉本新喜劇のギャグだけを繋いだビデオが販売されたりもした。その頃、関西、それも大阪が注目されていた。横山ノックが府知事になるのはもうちょっと後だったような気がする。

その中で今も残っているのは探偵!ナイトスクープだ。本によると1988年に放送開始だから、今年で17年か。数字を出されるとあらためてスゴイ。この本は番組の立ち上げから今までを名作のタイトルをあげながら、製作者が振り返っている。途中、他のスタップに話を聞いたり、その話を筆者が覚えてないことや、視聴率の話が多いのは同じテレビ製作者が書いた本電波少年最終回と作りが似ている。ただ、この2人の書き手の違いは出演者との距離の置き方や書き方が大いに違う。探偵!ナイトスクープの筆者の方が物腰が丁寧な分、むしろ怖かった。なんて言うかな、演者にもきちんとプロであることを要求しているような気がした。


それにしても、時代を作ったバラエテイ番組の本を読むたび裏側の過酷なこと。何が面白いか、どうすればもっと面白くなるか。罵倒、ケンカと激しくなっていくもの分かる気がする。そのかわり、面白ければ天才と崇められるのも分かる気がする。人と同じことをしても褒められないところから、探偵!ナイトスクープだけが次々と鉱脈を見つけていけたのか、ちょっと分かった気がした。

それにしても、本を読んでいると過去の名作が見たくなる。見たくなったのでレンタルビデオ屋で全国アホ・バカ分布図の完成を借りてきた。くだらないことや取るに足りないこと、雑学的な事柄や知識を真剣にとことん下らなくやっていた。これじゃトリビア泉の感想みたいだが、笑って学んで、何にも役に立たないのは探偵!ナイトスクープの得意分野だ。でも、それだけじゃない、依頼者の人物にどんどん吸い込まれてしまう。カレー対決の王様と殿様や空手の板割りを100枚した母親とか、祖父がルー大芝に似ていた中学生の娘、電車に手を振る少年とか人を撮っていく番組だと思う。さらに小ネタとパラダイスがあって、爆発卵みたいな伝説的なものまである。この間見た、松村の水泳の日本新記録のやつなんて腹抱えて笑った。昔だけじゃなく続いている番組だから、後に名作と呼ばれるものが出てくるかもしれない。そう思わせる雰囲気をこの番組はまだ持っている。

あと、この本を読んで嬉しかったのはDVDが発売されると書いてあった。これは買います。う~ん、何を出してくるか気になる。


by bonyparts | 2005-06-15 06:36 |